織絵屋のブログ
07/04: 蠟彩染(ろうさいぞめ)とは
織絵屋の松山です。今回は、あまり聞いたことがないと思いますが『蠟彩染』について述べます。
蠟彩染は友禅染の糸目(模様の縁の線)の糊の代わりに蝋(ロウ)を使って防染する技法です。
一般的なロウケツ染の作品は、色ごとにロウを重ねながら染めるので、淡い色の着物や帯はほとんどありません。でも、蠟彩染は淡い色の着物や帯を染められる利点があります。
蠟彩染の染工程は、まず、白生地に模様部分を溶かしたロウで描き、その後、地色を染めます。
ロウを洗い流すと、最初にロウで描いた部分だけが白く残ります。 白く残った部分に、染料で友禅と同じ様に彩色していきます。
友禅染の糸目の白い輪郭線がないので、模様の縁がやわらかく溶けるように見えます。

また、ロウの割れやムラによる「ひび割れ模様」が味わい深い作品に仕上がります。
部分部分で大胆に色を切り替えたり、階段状の濃淡をつけたり、ややモダンな絵画的な雰囲気になりやすい特徴があります。
蝋彩染の作家は、京都の山科に工房を構える中嶋剛司氏だけです。

蠟彩染を父親から引き継いだ中嶋剛司氏は、図案から染まで、こだわりを持って創作しています。
「百聞は一見にしかず」です。7月11日~13日の店で開催する「たなばた祭」で、先生と先生の作品に会えます。
05/29: 元々は男性専用だった『羽 織』
織絵屋の松山です。今回は、今、きものをファッションとして楽しむ女性たちに、最も人気の羽織について述べます。
羽織の始まりは、戦国時代の武士の陣羽織です。

平和な江戸時代になると、男性の正装として、袴に黒紋付羽織が定着しました。

しかし、羽織は男性の権威を表すモノでしたから、女性が羽織を着用することはご法度でした。
江戸中期になると、粋な深川芸者衆が、「芸を売っても女は売らいない」という意思表示の為に、羽織を着用し、羽織芸者とも呼ばれるようになりました。
その粋な羽織姿は、たちまち人気になり、町人の女性の間にも広がったことから、幕府は町人の羽織着用禁止令を出したほどです。
女性の羽織は、大正から昭和初期にかけ、外出着に重ねる丈の長い羽織が流行しました。
戦後は、余裕のない物不足の時代でしたので、丈が短くなり、また、重ねるだけで準礼装となる黒の紋付羽織や絵羽織が一世を風靡しました。
しかし、昭和の50年代になると、そのような羽織も徐々に姿を消していきました。
近年、羽織の優雅さ、ファッション性に気が付いた女性たちが選ぶ羽織は7分丈、8分丈の長羽織が主流となっています。

05/09: 分かっている方が選ぶ「麻の着物」
織絵屋の松山です。今回は、麻(あさ)の着物について述べます。
大和言葉では、「あ」は全ての始まり、「さ」は田の神を意味し、初めて栽培した植物が麻だったのです。
古来、日本人の着物は麻素材でした。主な麻は大麻(たいま)と苧麻(ちょま)でした。
大麻は、日本人が縄文時代から着ていた着物の原点と言えます。大麻は、とにかく丈夫で実用的でしたので、庶民に木綿が普及する江戸時代まで、着物と言えば大麻でした。

しかし、戦後、GHQによる米国製の化学繊維を広めるための政策もあり、日本では大麻を自由に栽培することができなくなりました。
苧麻は、弥生時代から使われ、美しく進化した麻と言われています。繊維が細くてなめらかで、光沢があるので上品で、見た目にも「きちんと感」が出ます。

小千谷縮みや近江縮みなどの一般的な麻の着物は、苧麻から機械紡績したラミー糸で織られたものですが、洋服に使われる亜麻(リネン)に比べ、肌に触れた瞬間の涼しさが違います。
年齢を重ねると、涼しいだけでは物足りなくなるはずです。だからこそ、涼しさに品を足した苧麻の着物が似合ってくるんです。
03/31: そのきもの、眠らせるには惜しい絹です
織絵屋の松山です。今回は染め替えについて述べます!
絹のきものは、他の素材と違って染めやすいという特性があり、染め替えもスムーズに出来ます。
染め替えと言っても、様々な方法があります。
色無地を染め替える方法は、きものを洗い張り(解いて、端縫いして水で洗う)してから脱色して、別な色に染めます。好きな色に染められる利点があります。
脱色しないで、別な色に染める方法もあります。重ね染と言いますが、今の色の上から別な色を重ねるように染める方法です。深みのある色になる利点があります。ただ、今より薄い色には染まりません。
訪問着や付け下げ、小紋などは、元柄を活かす染め替えになります。
今の地色と違う色を全体に重ねて染める方法があります。地色だけでなく、柄も色が変わるので、シックな感じになります。
元柄をそのまま残して、地色だけを重ね染めすることも出来ます。柄の周りまで暈かすように染める方法と柄を糊で伏せてから染める方法があります。

ビフォアー

アフター
紬やお召の織のきものも全体に色を掛けて、シックにしたり、シミを目立たなくすることが出来ます。
絹のきものは、眠らせておくにはもったいないです。新しいきものに生まれ変わるのです。
02/28: 金彩友禅と和田光正氏について
織絵屋の松山です。今回は金彩友禅について述べます。
金彩友禅とは、友禅染のきものに金銀などの箔や粉、泥を用いて、友禅染をより一層華やかにするための伝統的な染技法です。
金彩は元々、友禅染の工程で生じた小さなミスや汚れを隠すために使われた技法です。
しかし、職人たちの努力によって多くの金彩技法が生み出され、友禅染をより美しくする加飾として、その価値が高まりました。
桃山時代には、小袖に摺箔や振り落とし砂子などの金彩技術だけで文様を表現していましたが、その後は、江戸幕府の奢侈禁止令などもあり、近年まで友禅染の最終工程である「お化粧係」としての脇役でした。
ところが、現代では独自の技法と組み合わせで、様々な光彩のバリエーションが生まれ、現代の感性にマッチした文様や色彩のきものが作られています。

画像:光映工芸株式会社
和田光正氏は、金彩友禅の接着剤の欠点を、10年もの間、寝食を忘れて技術改良して克服しました。
その後、150色以上の金銀箔、粉を用いた独自の、新しい金彩技法を開発し、「金彩友禅」という名称を定着させた功績で現代の名工(卓越技術者)にも選ばれました。
また、能衣装や横綱千代の富士、貴乃花などの金彩友禅の化粧廻しなどを製作するなど、金彩友禅の普及に貢献しました。
