織絵屋のブログ
May 2026のブログ記事
05/29: 元々は男性専用だった『羽 織』
織絵屋の松山です。今回は、今、きものをファッションとして楽しむ女性たちに、最も人気の羽織について述べます。
羽織の始まりは、戦国時代の武士の陣羽織です。

平和な江戸時代になると、男性の正装として、袴に黒紋付羽織が定着しました。

しかし、羽織は男性の権威を表すモノでしたから、女性が羽織を着用することはご法度でした。
江戸中期になると、粋な深川芸者衆が、「芸を売っても女は売らいない」という意思表示の為に、羽織を着用し、羽織芸者とも呼ばれるようになりました。
その粋な羽織姿は、たちまち人気になり、町人の女性の間にも広がったことから、幕府は町人の羽織着用禁止令を出したほどです。
女性の羽織は、大正から昭和初期にかけ、外出着に重ねる丈の長い羽織が流行しました。
戦後は、余裕のない物不足の時代でしたので、丈が短くなり、また、重ねるだけで準礼装となる黒の紋付羽織や絵羽織が一世を風靡しました。
しかし、昭和の50年代になると、そのような羽織も徐々に姿を消していきました。
近年、羽織の優雅さ、ファッション性に気が付いた女性たちが選ぶ羽織は7分丈、8分丈の長羽織が主流となっています。

05/09: 分かっている方が選ぶ「麻の着物」
織絵屋の松山です。今回は、麻(あさ)の着物について述べます。
大和言葉では、「あ」は全ての始まり、「さ」は田の神を意味し、初めて栽培した植物が麻だったのです。
古来、日本人の着物は麻素材でした。主な麻は大麻(たいま)と苧麻(ちょま)でした。
大麻は、日本人が縄文時代から着ていた着物の原点と言えます。大麻は、とにかく丈夫で実用的でしたので、庶民に木綿が普及する江戸時代まで、着物と言えば大麻でした。

しかし、戦後、GHQによる米国製の化学繊維を広めるための政策もあり、日本では大麻を自由に栽培することができなくなりました。
苧麻は、弥生時代から使われ、美しく進化した麻と言われています。繊維が細くてなめらかで、光沢があるので上品で、見た目にも「きちんと感」が出ます。

小千谷縮みや近江縮みなどの一般的な麻の着物は、苧麻から機械紡績したラミー糸で織られたものですが、洋服に使われる亜麻(リネン)に比べ、肌に触れた瞬間の涼しさが違います。
年齢を重ねると、涼しいだけでは物足りなくなるはずです。だからこそ、涼しさに品を足した苧麻の着物が似合ってくるんです。